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松江地方裁判所 平成3年(行ウ)1号 判決 1996年12月11日

松江市東津田町二二六一番地二四

原告

福田泉明

右訴訟代理人弁護士

高野孝治

松江市中原町二一番地

被告

松江税務署長 板倉國雄

右指定代理人

榎戸道也

徳岡徹弥

小林英樹

勝部健二

三島修

高地義勝

表田光陽

石黒秀寿

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和六三年七月一二日付けでした

(一) 原告の昭和六〇年分の所得税についての更正(但し、審査採決により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税賦課決定(但し、異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち、総所得金額を金六五一万六八五三円として計算した額を超える部分、

(二) 原告の昭和六一年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定(但し、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、総所得金額を金四二九万〇〇八〇円として計算した額を超える部分、

(三) 原告の昭和六二年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定(但し、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、総所得金額を金三三九万六〇四九円として計算した額を超える部分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和六〇年分、同六一年分及び同六二年分の各所得税につき、原告がした青色申告書による確定申告、被告がした更正及び過少申告加算税賦課決定並びに右各処分に対して原告がした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は、別表(1)記載のとおりである(以下、右各年を「本件各係争年」と、被告がした右更正及び過少申告加算税賦課決定〔異議決定、審査裁決により一部取り消されたものについては右取消後のもの〕をそれぞれ「本件各更正」、「本件各賦課決定」という。)。

2  本件各更正及び本件各賦課決定のうち、総所得金額を昭和六〇年分については金六五一万六八五三円、同六一年分については金四二九万〇〇八〇円、同六二年分については金三三九万六〇四九円として計算した額を超える部分はいずれも違法なものであるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

三  抗弁(本件各更正及び本件各賦課決定の適法性)

1  原告は、本件各係争年当時、肩書住所地において建築塗装工事業を営んでいた個人事業者である。

2  本件調査の経緯等

被告は、本件各係争年分にかかる原告の所得税の調査に関し、原告が開業した昭和三八年以降一度も原告を調査していないことから、原告の納税申告書記載の所得金額が正しいかどうかを確認するため原告方での臨場調査の必要があると判断し、次のとおり実施した。

(一) 昭和六二年五月一五日における調査

被告所部係官古川佳昌(以下、「古川係官」という。)は、昭和六二年五月一五日、原告方に赴いたところ、原告が不在であったため、原告の妻福田カジコに対し、所得税調査のため訪れた旨告げると共に税務調査への協力方を依頼し事業概況等を聴取するよう努めたが、同女では要領を得ず、原告本人と面接する必要があったため、同月一九日に再度訪れることを伝えた。

(二) 昭和六二年六月九日における調査

予定されていた昭和六二年五月一九日の税務調査は原告の都合により同年六月九日に変更された。

古川係官は、同年六月九日、原告方に赴いて原告と面接したが、その際、同席していた松江民主商工会(以下、「松江民商」という。)事務局員五十嵐潤(以下、「五十嵐」という。)及び原告から税務調査の理由について質問されたので、確定申告の内容の適否を検討するための調査である旨回答した。

更に、五十嵐が、事前に連絡しないで税務調査に臨場した理由について質問したので、古川係官が、事前通知するかしないかについてはケース・バイ・ケースである旨回答したところ、五十嵐は、調査理由及び事前通知しなかった理由がはっきりしない限り調査には協力しない旨申し立て、原告も五十嵐に同調して協力しようとしなかった。

そこで、古川係官はやむなく同日の調査の実施を断念し、調査に応ずる日時につき同月一五日に連絡する旨の原告の申し入れを了承して帰署した。

(三) 昭和六二年六月二四日における調査

その後、二度の電話連絡によって、次回の税務調査は昭和六二年六月二四日に原告方において行うことになり、同日、古川係官が原告方に赴いたところ、五十嵐が立ち会っており、前回同様のやりとりに終始したので、古川係官は、調査理由については開業以来税務調査を行ったことがないことも理由の一つである旨説明し、原告に対して調査に協力するよう依頼した。しかし、原告が、三年前に病気で入院して以来体調が良くないから長時間調査を受けられない旨申し立てたので、古川係官は帰署した。

(四) 昭和六二年八月二一日における調査

古川係官は、数度の電話連絡により約束した昭和六二年八月二一日に原告方に赴き税務調査をしようとしたところ、原告から「兄(福田勇〔有限会社福田塗装店の代表者〕)の保証人になっていたが、突然第一勧業銀行松江支店から、私の家と土地とを競売にかけるといわれた。どうしたらいいか教えてくれ。」と質問され、五十嵐から「このような状況なので調査は止めてほしい。」と申し入れられた。これに対して、古川係官は、理由はどうあれ調査を止める訳にはいかない旨説明して調査に協力するよう依頼したが、原告が調査に応じなかったので帰署した。

(五) 昭和六二年九月二九日における調査

その後、古川係官は原告方へ数回架電したが、原告から税務調査の具体的な日時の指定がなかったので、やむなく昭和六二年九月二九日に原告方を訪れたところ、原告は、仕事が忙しいこと及び前記保証人になったことの件により、すぐには都合がつかない旨繰り返すのみであった。古川係官は、原告が忙しくて税務調査に立ち会えないのであれば、福田カジコの立会いの下に帳簿を見せてほしい旨申し入れたが、原告が了承しなかったので、古川係官は、原告は税務調査に協力しないと判断し、署の方針に基づいた調査を行う旨告げて帰署した。

(六) 昭和六二年一〇月五日における調査

昭和六二年一〇月五日、古川係官は原告方に赴き、原告に対して帳簿記載の有無について質問し、原告から、帳簿は備え付けている、大体は福田カジコが記帳し、原告も記帳を手伝っている旨の回答を得たが、帳簿の提示を要求しても、原告は前回と同様の事情を繰り返すのみで帳簿を提示しなかった。そのため、古川係官は、原告が調査に協力しなければ、帳簿は存在しないものと考えて反面調査等を進め、最終的には青色申告の取消処分も行うことになる旨説明して帰署した。

(七) 昭和六二年一一月一一日における調査

昭和六二年一一月一一日、古川係官は原告方に赴き、再度原告に対して帳簿はどのようなものを備え付けているか質問し、その提示を求めたところ、原告は、売上帳、売掛帳、現金出納帳等青色申告に必要なものを備え付けている旨回答したが、時間がないとの理由でそれら帳簿類を提示しなかったので、古川係官は、同月一四日までに次回調査日を連絡するよう原告に告げて帰署した。

(八) 昭和六二年一一月一六日における調査

古川係官は、原告から次回調査日の連絡がなかったので、昭和六二年一一月一六日、原告方に赴き、原告に対して税務調査への協力を依頼すると共に帳簿書類の提示を求めたが、従前と同様のやりとりに終始し、帳簿書類の提示はなかった。

(九) 昭和六三年二月三日における調査

右のとおり原告から帳簿書類の提示がないので、古川係官から本件調査を引き継いだ被告所部係官和田武夫(以下、「和田係官」という。)は、原告から帳簿書類の提示がないので、原告の取引先に対する調査を実施した後、昭和六三年二月三日、原告方に赴き、原告の把握した仕入先三件をもとに仕入金額についての質問をしたところ、原告は、「仕入先は他にもある。反面調査をするなら徹底的にすればよい。他の仕入先については、調べておいて電話ででも教えるが、今日は時間がない。」というので、これ以上の進展は見込まれないと考え帰署した。

(一〇) 昭和六三年三月における調査

和田係官は、その後二度原告方に架電し、更に昭和六三年三月九日、一〇日及び一一日には原告方に臨場して原告に仕入先を質問し帳簿書類の提示を求めたが、原告は回答せず帳簿書類も提示しなかった。

(一一) 昭和六三年五月二五日における調査

昭和六三年五月二五日、和田係官は原告方に赴き、昭和六二年分も調査対象年分になることを告げて帳簿書類の提示を求めたが、原告は提示しなかった。

(一二) 昭和六三年七月五日における調査

昭和六三年七月五日、和田係官はイズミ塗装工業有限会社(原告が同六二年一一月二一日に個人営業から法人成りした法人。以下、「イズミ塗装」という。)事務所に赴き、原告に対して調査によって算出した所得金額・税額等を開示し、同六三年七月八日までに修正申告しなければ更正処分する旨告げると共に、昭和六〇年分以降の青色申告承認の取消通知書(同月五日付け)を被告総務課職員から交付したが、その後原告からの連絡はなかった。

3  本件各更正の適法性

(一) 推計の必要性

右2のとおり、被告所部係官は、原告の所得金額を実額計算によって把握しようとして一年二ヶ月にわたり前後一五回の臨場及び二〇数回の電話連絡によって調査に努めたが、原告の非協力によってこれを尽くすことができなかったため、やむなく原告の取引先に対する調査の結果に基づき推計の方法により原告の本件各係争年分の事業所得金額を計算し、これに基づいて本件各更正を行ったものである。

(二) 原告の本件各係争年分の総所得(事業所得)金額

被告が本訴において主張する原告の本件各係争年分の総所得(事業所得)金額は、昭和六〇年分が金七三五万一九四三円、同六一年分が金八七七万八五四六円、同六二年分が金一一六八万一一一三円であり、これらは、被告が把握している原告の塗料費額(当該年の年初の塗料〔シンナー等の薄め液、上塗り・下塗り材を含む。〕棚卸額に年間の塗料仕入額を加えた額から年末の塗料棚卸額を差し引いた額。以下同じ。)を基礎数値としてこれに原告と業種、業態及び事業規模の類似する同業者(以下、「比準同業者」という。)の塗料費倍率(塗料費額に対する売上金額〔雑収入を含む。〕の倍率。以下同じ。)の平均を乗じて原告の売上金額を認定し、右認定売上金額に比準同業者の算出所得率(売上金額に対する必要経費〔青色申告者に限り認められている必要経費は除く。〕控除後の所得金額〔以下、「算出所得金額」という。〕の割合)の平均を乗じて得た算出所得金額から事業専従者控除額を控除する方法によって算出したものである(別表(2)参照)。

なお、具体的な算出経過及び金額等は次のとおりである。

(1) 売上金額

<1> 昭和六〇年分 金二二六六万一三一〇円

<2> 同 六一年分 金二六三六万七二七六円

<3> 同 六二年分 金三六七六万九八〇一円

売上金額は、後記(2)の塗料費額に別表(2)の各年分の比準同業者の塗料費倍率の平均を乗じて算定した。

(2) 塗料費額(その内訳は別表(3)参照)

<1> 昭和六〇年分 金三六五万五〇五〇円

<2> 同 六一年分 金四一一万九八八七円

<3> 同 六二年分 金五四八万八〇三〇円

原告の本件各係争年分の年初及び年末の各棚卸金額は、原告がこれを明らかにする資料を提出しなかったため不明であるから、年初と年末における各棚卸金額を同額と看做して被告が原告の取引先を調査して把握した塗料仕入額を原告の当該年分の塗料費額とした。

(3) 算出所得の金額

<1> 昭和六〇年分 金 八七〇万一九四三円

<2> 同 六一年分 金 九二二万八五四六円

<3> 同 六二年分 金一二二八万一一一三円

算出所得の金額は、前記(1)の売上金額に別表(4)の各年分の比準同業者の算出所得率の平均を乗じて算出した。

(4) 事業専従者控除額

<1> 昭和六〇年分 金一三五万円

<2> 同 六一年分 金 四五万円

<3> 同 六二年分 金 六〇万円

事業専従者控除額は、昭和六〇年分は福田カジコ、原告の長男福田優及び三男福田修にかかるものであり、同六一及び六二年分はいずれも福田カジコにかかるものである。

(5) 事業所得の金額

<1> 昭和六〇年分 金 七三五万一九四三円

<2> 同 六一年分 金 八七七万八五四六円

<3> 同 六二年分 金一一六八万一一一三円

原告の事業所得の金額は、前記(3)の算出所得の金額から前記(4)の事業専従者控除額を差し引いたものである。

(三) 本件推計方法の合理性

(1) 被告が原告の本件各係争年分の事業所得に関わる売上金額及び算出所得金額を算出するに当たり採用した推計方法は、前記(二)のとおり、原告の取引先を調査して把握した原告の塗料費額を基礎数値とし、比準同業者の塗料費倍率及び算出所得率の各平均値を用いてそれぞれの金額を算出したものであり、かかる推計方法は合理的である。

(2) そして、被告が本件推計に使用した比準同業者は、平成三年九月二六日付けで広島国税局長が同局管内の各税務署長宛に発遣した「『昭和六〇年分ないし昭和六二年分の建築と塗装総工事業者の課税事績表』の報告について」と題する通達(以下、「本件通達」という。)に基づき、右各税務署長からの報告をとりまとめるいわゆる通達回答方式により選定したものであり、本件通達においては、原告と業種・業態及び事業規模等を類似させるため、また、資料の正確性を保持するなどのために次の抽出基準(以下、「本件基準」という。)を設定した。

<1> 本件各係争年分を通じて建築塗装業を営んでおり、各年分の中途において開廃業、休業又は業態変更をしていない者

<2> 本件各係争年分を通じて所得税の青色申告につき税務署長の承認を受けている者

<3> 事業にかかる塗料費額は、本件各係争年分に応じ、いずれも次の範囲内である者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の塗料費額の各二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

Ⅰ 昭和六〇年分 金一八三万円から七三一万円まで

Ⅱ 同 六一年分 金二〇六万円から八二三万円まで

Ⅲ 同 六二年分 金二七五万円から一〇九七万円まで

<4> 所得税の更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法もしくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間もしくは出訴期間が経過している者又はこれらの争訟が係属していない者

(3) 広島国税局長は、本件通達により管内各税務署長に本件基準に合致する者を選定するよう指示し、本件通達を受けた管内各税務署長は所部係官に抽出作業を命じ、命を受けた係官において本件基準に合致する同業者の抽出作業を行い、抽出条件に該当する者の有無に拘わらず、本件通達の作成要領に基づいて報告書を作成し広島国税局長に提出した。

なお、右報告書の作成に当たっては同業者の住所・氏名に代えてA、B、C等の記号を付することとしているところ、被告が本件訴訟において同業者の住所・氏名を明らかにしないのは、被告において業務上知り得た秘密を守る義務がある(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)以上やむを得ない。

(4) 比準同業者の抽出過程の合理性を担保するには、抽出過程において抽出する側の思惑や恣意の介在する余地のないものでなければならないところ、本件通達を受けた管内各税務署の所部係官は本件基準に該当する同業者を抽出するために、指定された事業を営む青色申告者を抽出し、次いで、納税者から提出された確定申告書等の書類や部内の資料に基づいてその他の条件に該当するか否かを分別し、最終的に確定申告書等の簿書類のみでは確認・算定できない塗料費の額については納税者本人の協力を得るなどして数値を確定させたうえで本件基準に合致する同業者を確定したのである。これらの抽出作業は作業に従事する所部係官の思惑や恣意が介在しないようにするために本件基準に該当するものを機械的に抽出するという単純作業により行われた。

(四) 本件各係争年分にかかる原告の総所得(事業所得)金額は前記のとおりであり、いずれも本件各係争年分にかかる更正の金額を上回っているから、本件各更正は適法である。

4  本件各賦課決定の適法性

したがってまた、本件各更正を前提とする本件各賦課決定も適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  本件調査の経緯等について

抗弁2の事実のうち、被告が本件各係争年分にかかる所得税の調査に関し、原告方で臨場調査の必要があると判断したとの点、(二)項の五十嵐の発言部分、(三)項の古川係官の説明及び原告の発言部分、(四)項及び(六)項の古川係官の各説明部分、(九)項の原告の発言部分はいずれも否認し、その余は認める。

3  本件各更正の適法性について

抗弁3の(一)の事実のうち、被告が推計により本件各係争年分の原告の所得金額を算出し、これに基づいて本件各更正をしたことは認め、その余は争う。

抗弁3の(二)ないし(四)は争う。

なお、被告が把握しているという原告の塗料費額の一部に年度区分の誤りがあり、株式会社阿部塗料店(以下、「阿部」という。)からの塗料仕入額のうち、昭和六一年発生とされている七万円は、同六〇年一二月発生が正しいから、これを訂正して算出すると、昭和六〇年分の原告の塗料費額は三七二万五〇五〇円、同六一年分のそれは四〇四万九八八七円となり、右訂正後の塗料費額を元にすると、米子税務所管内の浦崎登(以下、「浦崎」という。)が本件基準に該当し、同人を加えると、平均塗料費倍率、平均算出所得率は被告の主張する数値より低くなる。

4  抗弁4は争う。

五  原告の主張

1  推計の必要性について

所得税法二三四条一項は、税務署職員の質問検査権について「調査について必要があるとき」に限りこれをすることができると規定しているが、これは質問検査権の行使が行政権力の行使であり、被調査者に多大の精神的、営業上の負担を強いるものであることから、その行使について一定の合理的制約を加えようとしたものであるから、例えば、当該申告が正確な資料に基づいてなされたものであるかどうかについて合理的な疑問を抱く事情が存在するなど当該納税者の所得申告について質問検査権を行使して調査しなければならない客観的必要性がなければならない。

しかるところ、昭和六二年六月九日の原告に対する税務調査において、被告所部係官は、本件税務調査は原告の確定申告の内容の適否を検討するためであると告知したが、元来全ての税務調査は申告内容の適否を検討するための手段であることは当然のことであり、かかる理由で質問検査権行使が許容されるとすれば所得税法の右規定は空文化されるに等しい。

更に、被告所部係官は、同年八月二一日の調査において、原告の質問に答え、本件税務調査にはそれを必要とする具体的理由はない旨告知したものであるが、真に税務調査をする必要性があれば、その理由を被調査者に告知することは容易なことであり、被調査者が調査理由を問うことが調査に非協力的と糾弾される謂われはないし、調査の具体的理由はないとの説明を受けた被調査者が本件税務調査を法律上の要件を欠くものと考えてそのような税務調査には協力しかねるという対応をしたとしてもやむを得ず、右は推計課税の必要性を基礎付ける事実とはなり得ない。

2  推計の合理性について

(一) 被告の行った本件推計課税の基礎資料は、訴訟の一方当事者である税務機関の部内で本件訴訟提起後に作成されたもので、公正な立場で作成されたものではなく、内容も対象業者を記号化して売上金額、塗料費の額、塗料費倍率、算出所得金額、算出所得率を抽象的な数字で報告するというものであり、その客観性・真実性を検証することができず、それ自体信用性に大きな疑念を生じさせるものである。

(二) 本件基準の合理性について

(1) 被告が本件において選択した比準同業者七名は、所得率を見ると、昭和六〇年分については二三パーセントから六四パーセント、昭和六一年分については一九パーセントから五四パーセント、昭和六二年分については二三パーセントから四五パーセントといずれも二倍から三倍近くの格差があり、所得率が二〇パーセント台のもの(A、B、C、D、E)と四〇ないし六〇パーセントのもの(C、F、G)の二群に分類されることが明白に看取でき、また、塗料費を除く必要経費を検討すると、売上高に対する経費の割合も、A、B、D、Eが概ね六〇パーセント前後であるのに対し、C、F、Gは概ね三〇パーセント前後で約半分になっており、所得や経費の割合にかくも大きな格差があるというのは、そもそも比準同業者そのものが相互に営業内容・実績に大きな違いがあり、類似性を有しないからである。

(2) 建築塗装業のような極端に労働集約的要素の強い業種、経費に占める人件費の割合が極端に高い業種にあっては、比準同業者の抽出基準に従業員数、専従給与者数を考慮しなければその類似性をいうことはできないにも拘わらず、被告が本訴において選択した比準同業者七名についてはこの点が考慮されていないため、前記のとおり右七名の所得率に二倍から三倍近くの偏差がある。

全ての労働力を第三者に頼っている業者と家内労働力を使用している業者とを対象として抽出し、所得率等を比較対照することは著しく不合理である。

(三) 被告の比準同業者抽出過程について

被告の比準同業者抽出方法は、以下のとおり正確性に欠け、また、全体として正確性に欠けるとの疑念を抱かせるもので重大な欠陥を有する。

(1) 被告は本件基準に該当した同業者は七名であったというが、昭和六一年の事業所統計調査結果によると、広島国税局管内の建築塗装業者数は個人事業者数七三八人、うち常雇用人が一~九人(原告の場合四~五人であるから、その倍半の範囲)である者の数は四三五人となっている。国税庁の資料によれば、営業所得者の中で青色申告者の比率は五九パーセントであるから、従業員数からみた比準同業者は統計上二五七人となる。このうち本件基準に該当する者の数は更に下回るであろうが、従業員数が類似している場合、特に労働集約的業種である塗装業においてはその所得・経費共類似する蓋然性が高いことを考慮すれば、七名しかいないとは考え難い。

(2) 庄原税務署管内の若林篤未(以下、「若林」という。)は、その業種・業態において本件基準に該当するにも拘わらず、被告の故意又は過失によって対象業者から除外されていた。

なお、被告は、若林の確定申告書の昭和六一年分には建築塗装と記載されているのに同六〇年分、同六二年分は塗装と記載されていることから同人の職種を判断できないというが、一年毎に業種が変わる訳はないし、一般に塗装業といえば建築塗装業を称し、自動車塗装業は板金あるいは自動車修理業と、家具塗装は木工業などと称するのが普通であり、原告もその確定申告書には昭和六〇年分には建築塗装業を記載し、同六一年分及び同六二年分については塗装とのみ記載していることに照らせば、若林の職種を建築塗装業と判断することができないとはいえない。

また、被告は、正確な塗料費の額を把握するために選定業者に面談する必要があるかのような主張をしているが、他の選定業者についてそのような面談による確定がなされたという証拠は提出されていない。

(3) 被告は本件各更正に際して、三名を比準同業者として推計課税しており(甲三五。以下、甲三五に比準同業者として掲げられているA、B、CをA(35)などと表記する。)、このうちA(35)は、本件訴訟の比準同業者に掲げられている(A(35)はその数字から本件訴訟での比準同業者Aと同一人と判断される。)が、B(35)は本件基準に合致しているにも拘わらず本件訴訟の比準同業者に掲げられていない。

(4) 被告が行った建築塗装業者島根保昌に対する更正処分において推計に利用された比準同業者として三名が掲げられているが(甲三六。以下、甲三六に比準同業者として掲げられているA、B、CをA(36)などと表記する。)、これらの業者は昭和六一年分、同六二年分についていずれも本件基準に該当しているにも拘わらず、本件訴訟の比準同業者に掲げられていない。

(5) 被告の設定した本件基準は昭和六〇年ないし同六二年の事業に関するものであるのに、庄原税務署では、それから四年以上も経過した平成三年六月二七日作成の業種別名簿を元に抽出し、右名簿に登載されていなかった業者を調査対象外としたのは、いかに選定作業の便宜のためとはいえ全く合理性を欠き、そもそもの選定基準を逸脱したものである。

(6) 広島国税局管内各税務署担当者は、何の基準もなく、まさしく恣意的に作成年度の違う様々な名簿を利用して抽出作業をした。

(7) 本件基準に基づいて比準同業者を抽出する作業は相当困難な作業であるにも拘わらず、本件通達は平成三年六月二六日付けで発遣され、回答期限は同年一〇月一八日と指定されており、多忙な税務署職員がこの程度の日数で右作業を手抜かりなく終えたことは考えられない。

3  より合理的な推計方法の存在

(一) 原告の本人実績による推計

仮に推計課税の必要性があるとしても、他により真実の課税標準額に近いものを把握できる推計方法を採り得るときはそれによるべきである。

しかるところ、前記のとおり昭和六二年一一月二一日に原告の塗装業が法人成りしたものとしてイズミ塗装が設立されたが、イズミ塗装は原告が個人で営業していたときと同様の業種、業態で事業所得も変更することなく事業を営んでおり、本件各係争年直後三年間の確定申告も青色申告により行われ、更正や修正申告を行ったことはなく、塗料仕入額や従業員数等事業規模にも特段の変化はなかった。このような場合においては、原告の本件係争年分の塗料費倍率、算出所得率とその直後のイズミ塗装の右比率には変化がないであろうと推認されるから、同業者率による推計方法ではなく、本人率(本件の場合はイズミ塗装の比率)による推計方法を採用することがより合理的である。

そこで、イズミ塗装の本件各係争年直後三年間の右平均比率をもとに原告の本件各係争年分の事業所得を推計すると、昭和六〇年分が金七五八万五七七五円、同六一年分が金五五七万三八〇一円、同六二年分が金七五六万二八九五円となる(算出経過は別表(8)ないし(14)記載のとおり。なお、別表(8)<2>の昭和六〇年分及び同六一年分の各「塗料費の額」は、前記四3における訂正後の右各年分の塗料費額により、同表<7>の昭和六〇年分の金額は、同表昭和六〇年分の〔<5>-<6>〕の金額に、福田優及び福田修の給料額合計三三九万五一三六円を加算した額である。)。

(二) 同業者率による推計

仮に、被告の選定した比準同業者の調査結果をもとに推計するにしても、被告の選定した比準同業者には前記のとおり二つに分かれる業者群が含まれており、実績以上の課税負担強要の結果を避けるためには、そのうち原告にとって不利にならない方を選択しなければならないから、C、F、Gの業者を除外した同業者率により原告の所得を推計すべきであり、C、F、Gの業者を除外して原告の本件各係争年分の事業所得を算定し直すと、昭和六〇年分が金六一二万〇九二二円、同六一年分が金七〇八万〇三二九円、同六二年分が金九九五万二三八四円となる(算出経過は別表(15)及び(16)記載のとおり)。

4  実額主張

原告の本件各係争年度分の売上金額、仕入金額、必要経費の各実額及び内訳は別表(5)ないし(7)記載のとおりであり、これによれば、原告の本件各係争年分の事業所得の実額は、昭和六〇年分が六六一万四一三四円、同六一年分が四三三万七一六八円、同六二年分が二五三万九七〇五円である。

現金出納帳、売上帳、仕入帳、経費帳という名目の帳簿は元々作成していないが、原告の事業所得計算のために要求される総収入金額及び必要経費に該当する勘定科目と現金勘定についての備付帳簿として総勘定元帳(甲一。以下、「元帳」という。)を作成しており、各取引のあった当時、原告の妻福田カジコが日常の出入金の原票を整理して、おおむね月一回の割合で松江民商に持参し、それに基づいて松江民商職員に元帳を作成して貰ったのであり、原告の記帳は、部分的に過誤があるものの全体としては正確であって、過誤部分を修正すれば、原告の収入金額、仕入金額、必要経費額を実額で算出するに足りる(原告が主張する実額は、過誤部分を修正したあとのものである。)。

六  原告の主張に対する被告の反論

1  本件基準の合理性について

原告は、全ての労働を第三者に頼っている業者と家内労働力を使用している業者とを対比して、その人件費を所得中に含ませた場合とそうでない場合とを同じ所得率で比較対照することについては著しい不合理があると主張するが、比準同業者の抽出基準の合理性としては、比準同業者の類似性(業種・業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性)及び資料の正確性(比準同業者は青色申告であること、一定期間同種事業を継続していること、申告が確定していること)が要求されるところ、比準同業者による推計においては完全に一致する同業者を選択することは不可能であることから、抽出基準の設定に際しては推計の基礎事実について正確に把握できた項目を抽出基準に加えれば足りるのである。

また、推計による課税の場合は、調査に協力が得られない等のため、外部から客観的に把握することができる諸要素に基づいて同業者との類似性を判断せざるを得ない。そして、本件基準は、被告が外部から客観的に把握できた基礎事実に基づいて設定したものであり、抽出基準の設定やその内容について恣意の介在する余地はなく、客観的な合理性を有する。

更に、本件では七名の比準同業者の平均値により同業者率を算定しており、原告が主張する個別的な差異は右平均値に包摂され平均化されるし、それぞれの比準同業者の塗料費倍率が異なるのは、同業者間に通常存する営業条件(工事場所、時間帯その他労務に従事する従業員の技量の違い等も含めて)の差異によるものであり、原告が主張するような労働集約的な業種という特殊性によるものではない。

2  被告の比準同業者抽出過程について

(一) 若林の比準同業者該当性について

若林が比準同業者に該当するという原告の主張は、以下のとおり理由がない。

(1) 若林の事業内容

若林の昭和六〇年分、同六二年分の各確定申告書(甲二二の六及び九)の職業欄及び同六二年分の青色申告決算書(甲二二の八)の業種名欄には「塗装」と記載されているのに対し、同六一年分の確定申告書(甲二二の七)の職業欄には「建築塗装」と記載されており、その記載内容が矛盾しているため、右各記載のみをもって若林が建築塗装業を営んでいると判断することはできない。

(2) 若林の塗料費額

被告は、比準同業者を抽出するに当たり、推計の基礎数値を塗料(シンナー等の薄め液、上塗り・下塗り材を含む。)の仕入金額に年初又は年末の塗料の棚卸の額を加算又は減算した額としているため、本件通達を受けた広島国税局管内各税務署長は、建築塗装工事業者の青色申告決算書の仕入金額を見て、通達の塗料の基準に入りそうな業者に絞ってその業者の塗料費額を調査したが、若林の弁護士会への回答書(甲二二の4)2の表中では、塗装費額欄へ各年分ともそれぞれの年分の青色申告決算書の売上原価の差引原価欄の金額をそのまま移記していることからすると、若林は「塗料(シンナー等の薄め液、上塗り・下塗り材を含む。)の仕入金額に年初又は年末の塗料の棚卸の額を加算又は減算した額」を考慮し調査をしたうえで塗料費額を記載したものではなく、ただ単に売上原価額を記載したものに過ぎないと認められる。そうすると、通常の塗装業者は売上原価の中に塗料の他にマスキングテープ、刷毛、ローラー及びシートなど種々の売上原価を構成する消耗品を含めているにも拘わらず、若林についてはこれらを全く考慮していないと推認せざるを得ないから、若林が本件基準に合致しているか否かを判断するには若林の正確な塗料費額を確定させなければならず、最終的には若林に対する調査が必要であるが、同人は、仕事が来年の三月ころまで多忙で夜七時以降でないと調査に応じられないとし、更に民主商工会事務局員の立会いを調査の条件とするとの態度を固持するため、同人の協力を得ることは不可能であると考えられ、結局、同人が比準同業者に該当するか否かは被告の調査においては不明であり、同人を比準同業者として採用することはできない。

(二) 被告の比準同業者抽出過程の無作為性について

(1) 同業者率による推計は、同業者の抽出基準・抽出過程・選定された件数及び同業者率の内容のそれぞれについて合理性が認められれば、全体として合理性が認められるところ、抽出過程については、課税庁に思惑や恣意が介在する余地がないこと、すなわち、無作為に抽出されれば合理性が認められるのであり、特定の意図をもってなされたものでない限り、比準同業者の中から一定数の者を選定し、あるいは他を選定しないことにつき合理的理由は要しない。

したがって、本件における同業者抽出過程の合理性は恣意性が排除されているか否かにより判断すべきであり、若林が本件基準に合致するか否かは右合理性の判断とは無関係というべきである。

そして、本件においては、前記のとおり同業者の抽出過程に恣意の介在する余地はないから、本件における同業者の抽出過程が合理的であることは明白である。

(2) 原告は、被告が採用した比準同業者の他に庄原税務署管内に本件通達の抽出条件を満たす同業者である若林が実在するとして被告の同業者抽出過程に恣意がある旨主張するが、同署係官前之園卓哉(以下、「前之園係官」という。)が行った同業者抽出過程は次のとおりであり、前之園係官の思惑や恣意が介在する余地はない。

<1> 前之園係官は業種別名簿なる部内資料をもとに本件基準に該当する同業者の抽出作業をしたが、右資料は平成三年六月二七日に作成されたものであり、また、右資料には一一件の塗装工事業を営む者の住所・氏名等が登載されていたが、その中に若林の住所・氏名は登載されていなかったことから、若林は抽出対象となり得なかった。

<2> 右資料に若林の住所・氏名等が登載されていなかった原因は、同人が平成元年三月三〇日に有限会社ワキヤ塗装を設立し、その代表取締役に就任したことに伴い、庄原税務署内での若林の業種の取扱は塗装業者から会社役員に変更されたためである。

<3> 庄原税務署において若林が建築塗装業を営む者であることを確認する作業としては、右資料による他に、本件各係争年分の確定申告書を悉皆的に調査してその職業欄に記載された職業を確認する方法、事業を営む納税者の各年分の申告実績等が記載してある部内資料を調査する方法が考えられるが、これらの確認作業は前之園係官において実施しなかった。

(3) 課税処分は、納税申告が大量に毎年反復して特定の時期に集中して行われるのに対応して大量かつ回帰的なものであることから、担当者の事務量は相当なものであり、就中平成元年に消費税が導入されてからは年々担当者の事務量は増大していたところ、平成三年に庄原税務署において所得税事務を担当していた職員は前之園係官を含めて三名に過ぎず、このような人員の下で所得税処理をするには当然効率的な処理が要請されるが、同係官は、前記の抽出手順を効率的と考えて抽出作業を行ったのであり、同係官が本件基準に該当する者の一次的な抽出を手元で確認できる業種別名簿から機械的に行う作業で終了させたとしても、それは限られた職員で所得税事務を処理しなければならないうえに突発的な同業者の抽出事務を負担するという状況下におけるものであって同係官の思惑や恣意に基づくものではなく、これをもって原告の主張するような選定基準の逸脱あるいは選定基準の変更とはいえない。

(4) 本訴における比準同業者の抽出基準は、本訴提起後に設定したもので、原処分や他の事案にかかる抽出基準とはその内容を異にする。また、昭和六一年分、同六二年分が抽出基準に該当していても、同六〇年度分が該当しなければ本件比準同業者に選定されないことになるから、原告の指摘する同業者が本件比準同業者として掲げられていなかったことをもって比準同業者の抽出過程に恣意があるとはいえない。

3  より合理的な推計方法(原告の主張3)について

(一) 原告の本人実績基準による推計(原告の主張3(一))について

本人率といっても、その比準される後続年分は課税処分の係争中になされた申告によるものであり、係争中の者のした申告の基礎となった資料の正確性については、一般的な場合と異なり、これを是認することはできないから、本人率による推計が課税庁の同業者率による推計に比して合理性を有する推計方法であるとはいえない。また、原告の主張する本人率は、原告と人格を異にする法人のものであり、業態の類似性としては個人事業者のそれと自ら異なるばかりか、景況の変化も考慮されていないうえ、その基礎であるとする本件処分直後三年間のイズミ塗装の法人税の確定申告(決算)については数値の正確性が担保されたものとはいえないから、公正妥当な会計処理基準に照らし客観的取引事実に即して正確に計算されていること、という本人率による推計が合理的であるための前提を欠く。

(二) たとえ他により合理的な推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方法に実額課税の代替手段としてふさわしい一応の合理性が認められれば推計課税は適法といえるから、原告の主張はそもそも失当である。

4  実額主張(原告の主張4)について

原告主張の実額については否認し、主張部分は争う。

納税者が所得の実額を主張して課税庁のした推計の合理性を否定するには、その主張する収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての捕捉漏れのない総収入額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実額に支出され当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度に主張、立証すべきところ、原告は、収入及び必要経費の全額を把握するに足りる現金出納帳、売上帳等を提出していないし、提出された資料も杜撰で信憑性がないから、右立証を尽くしたといえない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  請求原因1及び抗弁1の各事実は当事者間に争いがない。

第二本件各更正及び本件各賦課決定の適否について

一  推計課税の必要性について

抗弁2の事実のうち、被告が本件各係争年分にかかる所得税の調査に関し、原告方での臨場調査の必要があると判断したとの点、(二)項の五十嵐の発言部分、(三)項の古川係官の説明及び原告の発言部分、(四)項及び(六)項の古川係官の各説明部分、(九)項の原告の発言部分を除くその余の事実については当事者間に争いがなく、右争いのない事実に証拠(乙一〇、証人福田カジコ(以下、「証人福田」といい、その余の証人についても同様に氏のみで表示する。)、同古川、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、原告が開業した昭和三八年以降原告につき一度も税務調査していなかったことから、本件各係争年分の原告の納税申告書記載の所得金額につき確認のため原告方での臨場調査の必要があると判断したこと、昭和六二年六月九日の調査の際、同席した五十嵐が古川係官に対し、調査理由及び事前通知しなかった理由がはっきりしない限り調査には協力しない旨述べ、これに原告が同調したこと、同月二四日の調査の際、古川係官が、開業以来原告について税務調査を行ったことがないことも調査理由の一つである旨原告に説明したが、原告は、三年前に病気で入院して以来体調が良くないから長時間調査を受けられない旨述べて同日の調査の継続を拒んだこと、同年八月二一日の調査の際、五十嵐の調査中止の申入れに対し、古川係官が、理由はどうあれ調査をやめるわけにはいかない旨説明したこと、同年一〇月五日の調査の際、古川係官が原告に対し、調査に協力しなければ、帳簿は存在しないものと考えて反面調査等を進め、最終的に青色申告の取消処分を行うことになる旨説明したこと、昭和六三年二月三日の調査の際、和田係官の質問に対し、原告が、仕入先は他にもある、反面調査をするなら徹底的にすればよい、他の仕入先は調べておいて電話ででも教えるが、今日は時間がない旨述べたことが認められる。

以上の事実によれば、原告は、被告所部係官が何度も原告の事業所を訪れ税務調査への協力を要請しているにも拘わらず、執拗に調査の具体的理由の開示を求めてこれに応じようとはせず、被告所部係官から調査の必要性の説明を受けても、なお、本件調査に協力せず、帳簿諸票の提示もしないなど調査に非協力的な態度をとり続けたものと認められ、右のような原告の調査に対する非協力的な態度からすれば、原告の所得金額を実額で把握することは困難であり、推計の方法により原告の本件各係争年分の所得金額を算出する必要性があったというべきである。

なお、原告は、本件においてはそもそも税務調査の必要性がなく、かかる調査は違法である旨主張するが、調査の違法性が当然に推計の必要性を失わしめるものではないし、また、そもそも所得税法二三四条等の「調査について必要があるとき」とは、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、確定申告に係る課税標準又は税額等が過少であるとの疑いがある場合に限られず、広く申告者の適否、すなわち、申告の真実性、正確性を調査するために必要がある場合も含まれると解するのが相当であって、前記認定事実によれば、被告の本件調査が必要性を欠いた違法なものとは認められないから、原告の右主張はいずれにしても理由がない。

二  被告の推計方法及びその合理性について

1  証拠(甲二の五三五、五三六及び五四一、甲三五、乙一ないし一二〔枝番のあるものも含む。〕、証人矢野、同前之園、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、原告が帳簿を提示せず、また、原告の売上先が多数に及んでいることから、原告の売上金額を調査によっては正確に把握できないと判断し、原告の取引先に対する調査によって後記(三)のとおり把握した原告の塗料費額を基礎数値としてこれに比準同業者の塗料費倍率の平均を乗じて原告の売上金額を推定し、右認定売上金額に比準同業者の算出所得率の平均を乗じて得た算出所得金額から事業専従者控除額を控除する方法によって原告の本件各係争分の事業所得金額を推定したもので、その算出経過は別表(2)に記載のとおりである。

(二) 塗料費額をシンナー等の薄め液、上塗り・下塗り材を含むものとしたのは、一般に、塗装業者は塗装する際に通常の塗料の他にシンナー等の薄め液、上塗り・下塗り材を併せて使用するためであった。

(三) 被告の把握した本件各係争年分の原告の塗料仕入額及びその内訳は別表(3)記載のとおりであったが、本件各係争年分の年初及び年末の塗料の棚卸の存否及び額を明らかにする資料を原告が提出しなかったので、年初及び年末の各棚卸額を同額と見做して、被告が把握した本件各係争年分の塗料仕入金額を本件係争年分の塗料費額とした。

もっとも、別表(3)のうち、昭和六一年分の阿部からの仕入額七万円は、真実は昭和六〇年一二月に仕入れたものであった。

(四) 本件の比準同業者抽出経過は次のとおりであった。

(1) 平成三年九月二六日付けで広島国税局長は同局管内の各税務署長宛に本件通達を発遣し、各税務署管内において、主として建築塗装工事業を営む個人のうち、本件各係争年分の所得税の確定申告書につき青色申告の承認を得ている者で、かつ、次の(1)、(2)のいずれにも該当する者(本件基準に合致する者)につき調査し、その有無及び該当者がいる場合にはその課税事績を作成要領に基づいて報告するよう指示した。

<1> 本件各係争年分を通じ継続して建築塗装工事業を営んでいる者で、各年分の中途において開廃業、休業又は業態変更をしておらず、かつ、所得税の更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法もしくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間もしくは出訴期間が経過している者又はこれらの争訟が係属していない者

<2> 塗料費額が昭和六〇年分が金一八三万円以上七三一円以下、同六一年分が金二〇六万円以上八二三万円以下、同六二年分が金二七五万円以上一〇九七万円以下の各範囲内である者(被告の把握した原告の塗料費額の二倍以下、二分の一以上の者。いわゆる倍半基準)

(2) 本件通達を受けた管内各税務署長は所部係官に抽出作業を命じ命を受けた係官において機械的に、無作為に本件基準に合致する同業者の抽出作業を行い、本件基準に該当する者の有無に拘わらず、本件通達の作成要領に基づいて報告書を作成し広島国税局長に提出したが、本件基準に該当する者として報告のあった者は、別表(4)記載のAないしGの七名であり、各人の本件各係争年分の各売上金額(雑収入額を含む。)、塗料費額、算出所得金額(右各売上金額から売上原価額及び青色申告者に限り認められている必要経費を除く必要経費〔減価償却費の計算方法については、原告は定率法、割増償却及び特別償却の届出をしていないことから、比準同業者についても定額法、普通償却の方法によった。〕の合計金額を控除した額)、塗料費倍率、算出所得率は同表各該当欄記載のとおりであった。

(3) 本件通達を受けた管内各税務署の所部係官は、本件基準に該当する同業者を抽出するに当たり、塗料費額については、通常、青色申告決算書に記載された仕入金額には塗料と一緒に仕入れる消耗材料、消耗工具等塗料以外の仕入又は購入金額が含まれていると考えられることから、最終的には納税者の協力を得るなどして塗料仕入以外のものを除外して数値を確定させたうえで本件基準に合致する同業者を確定した(なお、この点について原告は疑問を呈しているが、本件各更正の際の推計に利用した比準同業者は、原告の仕入先を調査して把握した「塗料等の仕入金額」を基準に規模の類似性を判断したものであり、右「塗料等の仕入金額」については塗料以外の仕入金額を特に除いた処理はしていないと認められるところ〔甲三五〕、(1)本件通達においては、「塗料等の仕入金額」という基準ではなく、塗料費額、即ち、塗料の仕入金額(シンナー等の薄め液、上塗り・下塗り材を含む。)に年初又は年末の塗料の棚卸の額を加算又は減算した額という基準が明示されており、庄原税務署の前之園係官は本件の抽出作業で該当者がいた場合は、更に塗料の仕入額の仕入先等を確認することにより把握するつもりであったが、該当者がいなかったために、その作業はしなかったものであること〔乙二、一二、証人前之園〕、(2)実際にも、被告が本件各更正の際の推計課税に利用した比準同業者三名のうちA(35)は、本件各係争年分の売上金額及び所得金額が本件推計に被告が利用した比準同業者Aのそれと全く一致しており、Aと同一人であると認められるところ、A(35)の「塗料等仕入金額」は昭和六〇年分が四八四万六二四七円、同六一年分が四九四万八六八九円、同六二年分が五六一万六九六〇円とされているのに対し、Aの「塗料費額」は昭和六〇年分が四八四万二九八七円、同六一年分が四六三万七八〇〇円、同六二年分が五四三万〇六四〇円とされていること〔甲三五、弁論の全趣旨〕に徴すると、本件推計における比準同業者の塗料費額を確定するに当たり、その仕入金額の内訳を調査して塗料以外の仕入金額を除く処理がなされたものと認められる。)。

2  本件推計方法の合理性について

(一) 推計課税とは、実額課税が困難な場合に行われる表見証明又は一定の合理的手法に基づく代替的証明であると考えられるから、推計の合理性とは真実の所得金額の推認方法としての合理性ではなく、限られた資料や時間の制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平といった点を考慮したうえで、採用された推計方法が当該納税義務者の所得金額を認定する方法として社会通念上合理的と認められるかどうかという観点から判断すべきである。

右の観点から本件推計方法の合理性について検討するに、前記認定のように、被告は、原告と事業規模の近似した比準同業者を抽出するために、主として建設塗装工事業を営む個人で、その塗料費額が、被告において把握した原告の塗料費額の二倍以下で二分の一以上の者という基準(いわゆる倍半基準)を設定しているところ、一般に塗装業においては、消費した塗料の分だけ仕事の注文、売上げがあり、また、塗装の際には一般に塗料と併せてシンナー等の薄め液、上塗り・下塗り材が使用されると考えられるから、原告の売上金額を直接把握できない本件の場合には、塗料費額を元に事業規模の近似性の基準を立てるのは合理的であり、更に、本件各係争年を通じて被告が把握した原告の塗料費額の二分の一から二倍の範囲内の業者を対象としたことも原告の売上金額、事業規模とのより高い近似性を求める意味で合理的である。そして、本件基準は、業種、事業形態の同一性、事業所の所在地域の近接性の各点においても、原告の所得を推計するについて、優に比準するに足りる類似性を備えているものと認められ、かつ、年間を通じて事業を継続する青色申告者で、その所得金額が確定した者とする点で、本件各係争年分の各売上金額、塗料費額、算出所得金額、塗料費倍率、算出所得率を算出する基礎となる資料の正確性も担保できるものといえるから、限られた資料や時間の制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平といった点を考慮したうえで原告の所得金額を認定するための方法として社会通念上合理的と認められる。

もっとも、前記認定によれば、被告が原告の昭和六一年分の塗料費と把握した阿部からの金七万円の仕入れは昭和六〇年分の塗料費とすべきであったことになる。そして、塗料費額が右訂正後の原告の塗料費額の二分の一から二倍の範囲内の業者を比準同業者とした場合には、本訴で被告が比準同業者として掲げた業者の一部は除外され、また、新たな業者が右基準に該当する可能性があり、したがって、平均所得率等の数値も変動する可能性がある。

しかし、いわゆる倍半基準は、納税者と事業規模の近似する同業者を選定し、その平均値を同業者率とし、これによる推計を行う場合に同業者を選定する基準として広く用いられているが、右倍半基準は法令にその根拠を有するものではなく、課税庁が一つの選定基準として考案したものに過ぎないから、右基準自体絶対的なものではなく、納税者と選定した同業者との規模の類似性が確保されれば足りると解すべきである。

これを本件についてみるに、本件で問題となった金額は前記のとおり七万円であり、右金額の塗料費額全体に対する割合に鑑みると、被告の選定した基準によっても事業規模の類似性は十分担保されているというべきである。

(二) 原告は、建築塗装業のような極端に労働集約的要素の強い業種、経費に占める人件費の割合が極端に高い業種にあっては、比準同業者の抽出基準に従業員数、専従給与者数を考慮しなければその類似性をいうことはできず、本件比準同業者七名の所得率に二倍から三倍近くの偏差があることはその証左である旨主張する。

しかしながら、本件のような平均値による推計の場合には、その特質上同業者に通常存在する程度の営業条件の差異はその計算の過程で捨象されると考えてよいから、その営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を是認してよい。したがって、原告としては、その事情が同業者の平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであることを主張・立証することを要するというべきである。

しかるところ、証拠(甲三七、原告本人)によれば、建築塗装業においては労働集約的要素が強く、外注費と人件費を合わせた労務費の経費に占める割合が比較的高いことが窺われる反面、そのような労務費比率の高さ自体はあくまで相対的な意味でのものであって、労務費以外の経費も無視できないこと、従業員数が少なくても外注で賄い、それにより所得を増やすこともあり得ること、建築塗装業が特に設備を要せず簡単な道具で塗料を塗るという作業であるという意味で労働集約的というのであれば、実際の売上げやそれに対するコストの多寡は従業員の数のみならず従業員の技量・熟練度による部分が大きいと思われること、この業界における取引関係(下請関係)がかなり重層的であることから、他の業者や元請との関係によって受注やその消化に影響を受け易いことなどが窺われるのであり、また、専従給与者数は通常一業者に多くて二、三人程度であって所得率として当然に有意的な差を帰結するものかどうか明らかでないことに照らせば、従業員数や専従給与者数が建築塗装業者としての類似性を基礎付ける重要な要素であり、これを考慮しないことが同業者の平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであるとは認められない。

なお、本件比準同業者七名の所得率に原告の主張するような偏差があることは前記認定のとおりであるが、七名という抽出件数は同業者の個別性を捨象するに足りる数であり、右程度の偏差は同業者間に通常存する営業条件の差異によるものとして平均値に包摂され平均化され得るから、本件基準の合理性を失わしめるものとは認められない。

よって、原告の右主張は理由がない。

3  被告の比準同業者抽出過程について

原告は、若林、B(35)、A(36)、B(36)、C(36)が本件基準に該当するにも拘らず比準同業者として抽出されていないと主張し、被告の抽出過程に疑問を呈するが、以下のとおり若林ら原告が本件基準に該当すると主張する者が本件基準に該当するとはいえない。

すなわち、前記認定のように、被告は、本件比準同業者を抽出するに当たり、塗料費額につき、その内訳を調査し、消耗材料等塗料以外の仕入又は購入金額を除いて金額を確定する処理をしているところ、

(一) まず、若林については、甲二二の一ないし九によれば、本件各係争年当時、庄原税務署管内で個人で建築塗装業を営んでいた若林は、島根県弁護士会の弁護士法二三条の二による照会に対して、同人の塗料費額は、昭和六〇年分は六二〇万五三四〇円、同六一年分は五五四万四八六五円、同六二年分は七五七万七九三〇円と回答しているが、右金額は同人の当該年の青色申告決算書の売上原価の差引原価欄又は自主計算書の売上原価欄の金額と同額であることが認められるところ、塗料以外に売上原価を構成するものが全くないとは通常考えにくく、若林は右回答に際し塗料以外の仕入金額を控除する処理をしていないと推認されるから、甲二二の一ないし九によっては、若林が本件基準に該当しているとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二) また、B(35)についても、甲三五によれば、被告は本件の更正に際してB(35)他二名を比準同業者として原告の事業所得を推計していることが認められるが、同号証からは塗料以外の仕入金額を控除する処理をしていない「塗料等の仕入金額」が明らかになるのみで、同人の塗料費額を認めるに足りる証拠はないから、同人が本件基準に該当するとは認められない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) 更に、A(36)、B(36)、C(36)の三名についても、甲三六によれば、島根保昌の昭和六一年分ないし同六三年分の税務申告に対する被告の更正に際し、被告は右三名を比準同業者として右島根の事業所得を推計していることが認められ、同号証によれば、右三名の右各年の「原材料費の額」は明らかであるが、右の額が塗料費額を指すものか否かが明らかでなく、仮にこれが肯定されるとしても、右三名については、昭和六〇年分の数値が不明であるから、右三名が本件基準に該当するとは認められない。のみならず、もともと比準同業者の抽出作業及びその基礎となる資料の作成は人の手によりなされるものである以上、抽出作業を担当した係官の単純な見落としや基礎資料作成段階における漏れ等による抽出漏れはある程度は発生し得るものであり、前記説示のように、推計課税の合理性は、限られた資料や時間の制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平といった点を考慮したうえで、採用された推計方法が当該納税義務者の所得金額を認定する方法として社会通念上合理的と認められるかどうかという観点から考えるべきであるから、比準同業者の抽出は、無作為になされれば一応の合理性は認められ、当該者の一部について抽出漏れがあったとしても、そのことのみでは合理性は否定されないというべきである。

そして、前記認定事実のとおり、被告の本件比準同業者抽出作業は機械的に無作為になされたものであり、特定の意図をもってなされたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、証拠(乙一二、証人前之園)によれば、本件通達に基く抽出作業の方法は税務署により必ずしも一定したものではなく、庄原税務署では、前之園係官が平成三年六月二七日に作成された業種別名簿を元に抽出作業をしたこと(なお、比準同業者の抽出作業に使われる業種別名簿なる税務署の部内資料は、コンピュータに入力した業種別に分類した納税者の氏名、売上金額等のデータによるものであり、新しいデータを古いデータに上書きする形で更新するため、更新後はコンピュータには更新前のデータは残らない。前之園係官が抽出作業に使った業種別名簿のデータは、平成三年六月二七日に更新されたもので、同日直前時点での庄原税務署管内の業者のデータが登録され、昭和六〇年ないし同六二年当時の業者についてのデータはコンピュータに残っておらず、また、右データを登載した業種別名簿は、平成三年一〇月当時、庄原税務署では保存されていなかった。同年六月二七日更新の業種別名簿には、庄原税務署管内で一一件の建築塗装工事業を営む者の住所・氏名等が登録されていたが、若林は平成元年三月三〇日に有限会社ワキヤ塗装を設立してその代表取締役に就任したことに伴い、同署での若林の業種の取扱いは塗装業者から会社役員に変更されていたため、建築塗装工事業者中に同人は登載されておらず、抽出対象とならなかった、同署において若林が建築塗装工事業を営む者であることを確認する作業としては、右名簿による他に、本件各係争年分の確定申告書を悉皆的に調査してその職業欄に記載された職業を確認する方法、事業を営む納税者の各年分の申告実績等が記録してある部内資料を調査する方法が考えられるが、これらの確認作業は前之園係官において考えつかず実施しなかった。)が認められるが、抽出作業に使う資料の範囲、調査の程度は各税務署の職員や繁忙の程度や能力、物的設備等の事情により区々になるのはある程度やむを得ず、このことから被告の抽出作業が当然に特定の意図をもってなされたものと推認することはできない。

よって、原告の前記主張は理由がない。

4  なお、前記認定のとおり、本件推計の基礎資料はいわゆる通達回答方式により収集されたもので、抽出された同業者は符号で呼ばれ、その住所、氏名等は一切明らかにされていないが、課税実績報告書(乙三の一ないし三)は公務員がその権限に基づいて職務上作成した文書であって、しかもその記載は原資料からのいわば機械的な転記に過ぎず、その体裁や記載内容からは記載の正確性を疑わしめる点は窺われないし、比準同業者の抽出過程が機械的、無作為になされたものであることは前記認定のとおりである。そして、右のような事項を被告が明らかにしないのは、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条所定の税務職員に課せられた守秘義務に基づくものであり、右方式では被告の課税手続きの公正が把握し得ないような特段の事情も認められないので、原告主張(第二・五・2・(一))のような事情をもって本件推計方法を不当、不合理なものということはできない。

5  より合理的な推計方法(原告の主張3)について

原告は、被告の推計方法よりも合理的な推計方法があり、それによるべきであると主張するが、原告の主張する推計方法は必ずしも被告の推計方法より合理的とは認め難い(原告の主張3(一)で原告が主張する本人率は、原告が法人成りした後のイズミ塗装の数値であり、業態の類似性に疑問があり、また、原告の主張3(二)の推計方法も、殊更C、F、Gを除外すべき理由がなく、その前提を欠く。)。

6  まとめ

以上によれば、被告の本件推計は合理的であり、これにより算出される原告の算出所得金額は別表(2)<5>に記載のとおりであり、これから同表<6>の事業専従者控除額(事業専従者控除額については原告は明らかに争わないから、自白したものとみなす。)を控除した事業所得金額(総所得金額)は同表<7>に記載のとおりであって、本件各更正はいずれもこの範囲内でなされている(なお、被告が原告の昭和六一年分の塗料費額と把握した阿部からの金七万円の仕入を前記認定にしたがって同年度の塗料費額から除外して計算しても結論は異ならない。)。

三  実額主義(原告の主張4)について

1  原告が、課税庁が推計により把握した売上金額等について、これと実額とは異なるとして、所得金額において課税庁の認定額を下回ることとなる実額の主張・立証をする場合、推計により算出された額は所詮近似値に過ぎないから、実額が把握できるのであればそれにより所得税額を算出すべきである。しかし、このようないわゆる実額反証は、課税庁の推計に合理性が認められ、これにより把握された所得額をもって所得税額算出の基礎とすることが適法とされているのに、右のような実額が本来持つ優先性をもってその適法性を覆すのであるから、その主張する売上金額があり、それを上回る売上げがないこと、その主張する売上原価があり、売上原価がこれを下回るものでないこと、その主張する必要経費があり、必要経費がこれを下回るものでないことがそれぞれ合理的な疑いを容れない程度に立証されなければならないものというべきである。

2  ところで、原告は、現金出納帳、売上帳、仕入帳、経費帳という名目の帳簿は元々作成していないが、原告の事業所得計算のために要求される総収入金額及び必要経費に該当する勘定科目と現金勘定についての備付帳簿として元帳を作成しており、これは、主に原告の妻福田カジコが、売上帳や日々の現金の出入りをメモした便箋、請求書や領収証の控え等をほぼ毎月松江民商に持参して同職員に記帳して貰ったもので、部分的に過誤はあるものの全体としては正確であり、過誤部分を修正すれば足りるとして、元帳に基づき、本件各係争年における売上金額、仕入金額及び必要経費の各実額及び内訳を別表(5)ないし(7)のごとく主張する。そして、原告は、元帳の記載の裏付けとして、請求書及び領収証の各控え、棚卸表、当座預金照合表(甲二ないし四〔枝番も含む〕、一九、二〇、二一、二五ないし二七)、取引先別の売上帳(甲五ないし一七)、約束手形原符(甲四七、四八)、普通預金台帳の写し(甲一八)、建物賃貸借契約書(甲二三、二四)等を、元帳の現金勘定の過誤部分を修正したものとして甲三八を提出し、原告の記帳の正確性について、証人福田及び原告本人は、福田カジコは日々の現金の出入りは帳面にはつけていなかったが、その日その日便箋等にメモをしていた、原告は請負った工事が終わると、請求書を作成し、その金額を得意先別の売上帳に控え、支払日に集金に行って、入金があれば右売上帳に記載していた、右売上帳は福田カジコが主に作成し、請求書や領収証の控え、メモをした便箋等と共に大体毎月松江民商事務所に持参して松江民商職員により元帳に記帳してもらっていた旨いずれも原告の主張に沿う供述をしている。

しかしながら、原告が裏付けとして提出した右売上帳や請求書控え等の原始資料は一部のものに過ぎず、後記のように争いのある東建設に対する売上帳は、存在したといいながら結局提出されておらず、また、外注費、福利厚生費、接待交際費については請求書控え等の提出がないものがあり、証人福田及び原告本人は、請求書控え等がないものについてはメモを作成して松江民商に渡した旨供述するも、そのメモは廃棄したとして提出されていないから、それらの分については元帳の記帳の正確性を検証できないし、それらが存したことの裏付証拠もない。また、前記のように原告は工事台帳ないしはそれに類する記録はもとより昭和六〇年分については棚卸表自体をそもそも作成しておらず、売上原価と収入との対応関係を確認できない。更に、原告は現金出納帳を作成しておらず、それも含めたものとして元帳を記帳している旨主張するが、元帳の現金勘定には原告が自認する分も含めて記載漏れが散見されるうえ(甲一、三八、乙一七、二一の六、二三、弁論の全趣旨)、元帳の消耗品費勘定の昭和六一年一〇月ないし一二月分として計上されているユニコンに対する支出金額の記帳は、その日付けの月日及び細かい金額の一致から甲三の八五八ないし八六三のレシートを元にしたものと推認されるところ、これらのレシートの日付けの年度はいずれも昭和六〇年であり、証人福田及び原告本人が供述するような記帳方法であれば、いずれも一年前のレシートが一〇月分から一二月分にわたって紛れ込むとは考え難く、これらの事実に照らすと、原告の記帳の正確性に関する証人福田及び原告本人の前記供述はいずれも信用できず、日々の現金の出入りという事業者にとって最も基本的な事柄についてすら、その記帳の正確性に疑問がある。

そして、実際にも、少なくとも原告が別表(5)ないし(7)において自認する分について元帳には売上金額の計上漏れや仕入金額及び必要経費の過剰計上があり、これだけをみても、必ずしも些細なものとはいえず、かかる過誤の存在自体が原告の記帳の不正確性を窺わせ、原告が当初主張の売上金額、仕入金額及び必要経費額を修正したとしても、これらが他に漏れのない売上総額であり、また、他に過剰計上のない仕入金額及び必要経費の全額であるとは認め難い。のみならず、原告が自認する他にも、例えば、以下のような売上の計上漏れが窺われる。

(一) まるなか建設に対する昭和六〇年一二月分ないし同六一年一月分の二ヶ月通算の売上金二〇万円(昭和六〇年一二月分のまるなか建設に対する売上げは、売上帳〔甲五〕、領収証控え〔甲二の六八〕、原告本人によれば、売上帳の翌月分に当月分の残として計上した一〇万円を除いて二七万九〇〇〇円であり、これを一七万九〇〇〇円とする元帳の売上勘定は一〇万円の計上漏れがあり〔原告自認〕、更に、昭和六一年一月分の売上げは、売上帳、領収証控え〔甲三の五九〕によれば、前月分の残も含めて八九万四〇〇〇円でありながら、元帳の売上勘定には七九万四〇〇〇円しか計上されておらず、元帳の売上勘定は結局二ヶ月通算で二〇万円の売上計上漏れがあることになる。)

(二) 東建設に対する昭和六一年二月分の売上金五六万円(原告は、東建設から支払を受ける際にはその受取額の約〇・一パーセントの割合の金額を東建設安全協力会に支払っていたものと推認されるところ〔甲三の一七二、一七三等〕、昭和六一年三月二五日付けの東建設安全協力会から領収証控えは、額面が七〇〇円のものと八四〇円のものとがあることから〔甲三の二〇〇、二〇一〕、原告が同日に東建設から受け取った金額は七〇万円と八四万円であると推認されるが、元帳には九八万円しか計上しておらず、同日付けの東建設に対する原告のの領収証控えも額面が七〇万円と二八万円のものしかなく、差額五六万円の計上漏れが窺われる。原告は、この差額は集金不能分を値引き扱いしたものであると主張するが、未収分を含めた額を基準に安全協力会費を支払うとは通常考えにくく、実際にも原告は、安全協力会費は未収分を除く現実の支払のあった金額を基準に支払っていたものと窺われ〔甲三の一八四参照〕、また、原告が、東建設に対する売上帳を、存在するといいながら未だ提出していないことに照らすと、原告主張の事実を認めることはできない。)

(三) 東建設に対する昭和六一年三月分の売上金五六万四〇五〇円(東建設に対する昭和六一年三月請求分の合計額は一七二万七〇五〇円である〔甲三の一六二ないし一六七及び一六九〕のに対し、元帳の同月分の売上勘定には一一六万三〇〇〇円しか計上されておらず、その差額分について計上漏れが窺われる。これについて原告は追加工事の集金不能分を値引き扱いにしたものと供述するが、右甲号各証(請求書控え)からはかかる趣旨は読み取れず、また、売上帳の提出もないから、原告の右供述は裏付けがなく信用できない。なお、計上漏れの疑いのある東建設に対する前月分の五六万円と金額が近似するが、関連が不明であり、同じ売上げであるとも認め難い。)

(四) ハイウッドに対する昭和六二年八月分の売上金五万六〇〇〇円(本件売上げは請求書控え〔甲四の三一二〕があるのに元帳に計上されておらず、原告はこれについて無償サービスである旨供述するものの、右供述は曖昧で無償サービスにする根拠も明確でなく、信用できない。)

3  以上のとおりであり、本件各係争年分について、原告の主張する売上金額があり、それを上回る売上げがないこと、その主張する売上原価があり、売上原価がこれを下回るものでないこと、その主張する必要経費があり、必要経費がこれを下回るものでないことについて、それぞれ合理的な疑いを容れない程度に立証が尽くされたとはいえないから、原告の右実額主張は採用できない。

四  まとめ

以上によれば、本件各更正は適法であり、したがって、これを前提としてされた本件各賦課決定も適法である。

第三結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻川昭 裁判官 甲斐野正行 裁判官飯田恭示は差支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 辻川昭)

別表(1) 課税処分等経過表

<省略>

別表(2) 原告の事業所得金額の算出経過表(被告主張分)

<省略>

別表(3) 原告の塗料仕入金額の内訳表(被告主張分)

<省略>

別表(4) 比準同業者の算定率表(被告主張分)

<省略>

別表(5) 原告の主張する実額

昭和60年分

<省略>

昭和61年分

<省略>

昭和62年分

<省略>

別表(6) 原告の主張する売上金実額の事業所別内訳

事業所別売上金額

<省略>

事業所別売上金額

<省略>

別表(7) 原告の主張する仕入金実額の事業所別内訳及び経費実額の修正内訳

事業所別仕入金額

<省略>

事業所別仕入金額

<省略>

事業所別売上金額

<省略>

事業所別仕入金額

<省略>

経費金額の修正内訳

昭和60年分

<省略>

昭和61年分

<省略>

昭和62年分

<省略>

別表(8) 原告の事業所得金額の算出経過表(原告主張分)

<省略>

別表(9) 昭和62年度ないし平成元年度の本人率の算定内訳表(原告主張分)

<省略>

別表(10) 昭和62年度ないし平成元年度のイズミ塗料の売上(収入)金額の内訳表(原告主張分)

<省略>

別表(11) 昭和62年度ないし平成元年度のイズミ塗料の塗料収入金額の内訳表(原告主張分)

<省略>

別表(12) 昭和62年度ないし平成元年度のイズミ塗料の売上原価額の内訳表(原告主張分)

<省略>

別表(13) 昭和62年度ないし平成元年度のイズミ塗料の減価償却費額表表(原告主張分)

<省略>

別表(14) 昭和62年度ないし平成元年度のイズミ塗料の所得金額算出の内訳表(原告主張分)

<省略>

別表(15) 被告の推計方法からC、F、Gを除外して算出した原告の事業所得金額表(原告主張分)

<省略>

別表(16) C、F、Gを除外して求めた塗料費倍率と所得率(原告主張分)

<省略>

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